家族心理.com 気になるNEWS
家族心理.comに関連して家族や育児など気になるニュースを掲載してます

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

義務教育の責任分担

[解説]義務教育の責任分担
(2005年11月3日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20051103ur01.htm

明治期にいち早く自治の必要性を唱えたのは福沢諭吉だった。その諭吉が1872年(明治5年)に書いた著作に『京都学校の記』がある。


国と地方 建設的議論薄く

 「京都学校」とは、京都の人々が学制発布前の明治2年から、64の町ごとに設立・運営した日本初の通学区制の小学校だ。人々は、東京遷都の打撃を、学校を設立して人材の育成で乗り越えようとしたという。

 「金銀の出納は毎区の年寄にてこれを司(つかさど)り、其(その)総括を為(な)す者は総年寄にて、一切官員の関(かかわ)る所にあらず」

 「教師は官の命を以(もっ)て職に任ずれども、給料は町年寄の手より出るがゆえに、其実は官員にあらず、市井(しせい)に属する者なり」

 人々の努力に感動する諭吉の文章からは、学校経営の原点は地域にあったことが伝わる。

 それから約130年。近代化の歴史の中で教育は国の重要政策になった。だが、ここでもう一度、国と地方の責任は何かを問い直すのが、公立小中学校の教職員給与の半額を国がもつ義務教育費国庫負担金の議論だ。

 「教育財源を確保する上で国庫負担金は安定した仕組みだ」

 「地方の税財源に変えて任せれば緊張感も出てうまくいく」

 全国どこでも格差がないようにする国の責任や負担金制度の維持を強調する主張と、まずは中学校分を税源移譲に変えたい地方の意見は、中央教育審議会での約100時間の審議でも平行線をたどった。最後は異例の採決で地方案を退ける答申になった。

 問題の焦点は何か。教育行政は長い間、学級編成や教職員定数を定める法と国庫負担金が一体だった。現場の校長らは文部科学省―県教委―市町村教委という縦系列の末端にすぎなかった。

 山出保・金沢市長は7月20日、小泉首相に直接会い、市町村立とは名ばかりの学校になる弊害を説いて「自分のまちの子供を一生懸命育てる教師になれる制度にしたい」と訴えた。

 背景には複雑な法体系がある。地方自治法は公立学校の設置と管理を自治体の仕事だと規定し、学校教育法は市町村に小中学校の設置を義務づける。地方財政法では財源を原則的に自治体に求める。だが、市町村財政は弱かった。そこで市町村立学校でも給与は県負担とし、その負担の半額を国がもつとした。

 この結果、市町村の仕事は基本的に学校建設と建物管理程度しか残らない制度になった。

 論点はもう一つある。この国庫負担金が80年代から削減の連続だったことだ。国庫負担金は、義務教育費全体でみれば、いまや3割しか賄えていない。

 実は90年代後半、旧文部省から政府の地方分権推進委員会(当時)に、国庫負担金をやめて地方の財源に振り替える案が漏らされたことがある。「他の政策予算をもっと増やしたいという気持ちだったようだ。しかし、地方に移しても、当時はそれに見合う金額を税源移譲するという選択肢が政府部内になく、幻に終わった」と、議論に参画した複数の学者が証言する。省内でも負担金の将来像が揺れてきたのは事実だった。

 中教審では、問題の根幹にある義務教育の責任を国と地方がどう分担するかの建設的な議論が薄く、感情的な対立が目立った。三位一体改革が提起した問題は、財源だけでなく、もっと広く、長期の視点を求めているはずだ。



スポンサーサイト


  1. 2005/11/10(木) 18:26:37|
  2. 子育て・教育
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kazokunews.blog103.fc2.com/tb.php/5-33045604
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。